(73)クリスマスさん
フィンランドの老舗デパート、ストックマン150周年記念で限定商品があれこれ発売された。中でも話題になったのは、かつてトーベ・ヤンソンがデパートのためにデザインしたムーミン。そのデザインでマグカップ、キッチンタオル、トレイ、コーヒー缶、ティーバック缶、コースターが作られた。特にアラビアのティーマを使ったマグは大人気で、あっという間に売り切れた。もう再販はない...といわれ、がっかりした人がどれくらいいただろう。気づけば他のグッズも全てソールドアウトになっていた。
ところがクリスマスシーズンになり、ストックマンが「クリスマスプレゼントにいかが」といわんばかりに、突然マグ再販を発表した。フェイスブックでは「再販がないというからネットで80ユーロで買ったのに!」という人たちもちらほら見受けられたけれど、これでクリスマスが迎えられると、喜びの声を寄せる人たちが続いた。
どんな風になるのか。そんな好奇心で再販当日にデパートに行ってみた。開店1分前、すでにすべての入り口のドアには大勢のお客さんが待っていた。私は一番少ないところに向かう。開店と同時に思い思いのルートで売り場に向かう人々。のんびりと、階を間違えながら私がたどり着いたそこは、商品のあるところだけでなく、すでにレジというレジにまで長蛇の列ができていた。お一人さま6個までといわれていたけれど、6個入りの箱が飛ぶように売れている。ついでにキッチンタオルとトレイもあり、つい、それらまで手にする人々。
後で知ったのだけれど、前日までに売り場のチェックなど確認を済ませていた人たちも随分いたようだ...。さらにこの日はストックマンの大バーゲンセールの賑わいをはるかに超えたものだったという。並んでいて思ったけれど、周囲の熱気に影響され色んなものを買いすぎてしまった人の多いこと。結局のところ、私もマグカップと、トレイとキッチンタオルまで手にし、そして比較的空いているレジへ向かった。
私ときたら、履いていたブーツの紐がほどけていた。両手がふさがっているから歩き続けるしかなかったのだけれど、店員さんに声をかけられ、別の人にも声をかけられ...夢中になりすぎて靴紐がほどけてることすら気づいていない人だと思われてしまった。周囲のパッションにすっかりおされていたというのに、ひょっとして誰よりも情熱的にムーミンに突進した人に映っていたのは私なのだろうか...。
24日、私はいま太陽が昇らないところにいる。湖が凍ってすっかり広大な雪原になっている雪のうえに立ち、地の果てのような音をたてて吹いてくる風にのって、雪の上を細かい雪の粒が這い、一斉に猛スピードでこちらに向かってくる。クリスマスがやってくる...突然そんなイメージが浮かんできた。ムーミンたちが初めて迎えたクリスマスさんのお話が読みたくなった。
森下圭子
こちらがトーベ・ヤンソンがストックマンデパートのためにデザインしたムーミン。
雪の原を這って北風と一緒にやってくる雪の粒つぶ。クリスマスがやってくる。