(219)建築&デザインミュージアムのムーミン谷【フィンランドムーミン便り】

展示には劇場の舞台に用意されたクッションを使い、好きに組み立てられるコーナーも。自分たちの基地を建ててもいいし、ムーミンの世界を再現する子も。

 

 ヘルシンキの建築&デザインミュージアムでトーベ・ヤンソンとムーミンをテーマにした特別展が始まった。英語のタイトルはEscape to Moominvalley(エスケープ・トゥ・ムーミンバレー)。ムーミン谷への逃避と訳してしまうと個人的には少し違和感がある。内容的には「居場所」を考察する展示だ。誰にでも扉が開かれているムーミンやしき、スニフが見つけた自分だけの場所でありながらやがて彗星からの避難場所になった洞窟、スナフキンのテント。トーベ・ヤンソンが暮らした群島やヘルシンキ、夏小屋やアトリエハウスの様子も紹介されていて、つまりトーベ・ヤンソンとムーミンたちの暮らしについて、現実と架空の世界とそれを繋ぐデザインが紹介されている。
 たとえばトーベ・ヤンソンの日常にあったものがそのままムーミンの挿絵として描かれている具体例を写真と挿絵で紹介。改めてトーベが挿絵に描いた世界は自分の身近なところを丁寧に観察したところからきているのだと知る。またはトーベが現実の世界で自分が心地よく暮らすためにどんな工夫をしていたかも垣間見られる。特にアトリエハウスでの様子はパートナーのトゥーリッキ・ピエティラが撮影した動画まである。窓辺に飾られていたものたち、窓からの風景、そして大きな黒猫プシプシーナの様子、何でもない日のひとときに、動画を見ているだけでほっとする。

 4つの部屋とホールで構成される展示は、ヘルシンキ、トーベのアトリエハウス、群島、クルーヴハルの夏小屋それぞれの部屋と、ムーミン谷で分けられていた。ヘルシンキでは初公開作品も含めたトーベの描くヘルシンキの風景画、群島ではトーベが自身で作ったアルバムの「これまで自分で建てた小屋写真」ページや、小屋を建てているトーベの姿も紹介されていたし、クルーヴハルの夏小屋部屋にはトーベが小屋を建てるときに希望したことが設計図やスケッチを通して伺える。
 一方でホールを使ったムーミン谷の展示には、ムーミンの世界から今を生きる私たちが何を学べるのか、この展示を担当したキュレーターたちの強いメッセージ性も伝わってくる。ムーミンやしき、水浴び小屋、洞窟、テント、庭、サロン(居間)、劇場など、ムーミンの物語には数々の「居場所」が登場する。そこは自分を受け入れてくれる場所であったり、逃げ場になったり、自分が一人になれる場、自分でいられる場、または全く馴染みのなかった場所で少しずつ何かを学んでいく場(異文化を少しずつ学んでいく)だったりする。人の尊厳や権利について改めて考えようという。同時に子どもたちには思い切り体を使って遊びながらムーミンの世界で楽しんでもらおうということで、『ムーミン谷の夏まつり』に登場する劇場の舞台を自由に組み立てられるコーナーもある。クッションの絵柄など関係なく基地を作る子もいていいし、好きな柄のクッションを抱えて走り回っている子もいる。

 今回はキュレーターの解説つきで展示を見てまわった。建築&デザインミュージアムになったことだし、キュレーターなら答えられるかもと思い、ある展示作品について、ずっと疑問だったことを質問した。それはクルーヴハルの夏小屋のサウナの扉。なぜか上下に分かれているのだ。サウナの扉で同じ構造のものをこれまで見たことがない。上半分または下半分だけ空けておける作りになっている扉。トーベが設計の際に描いたスケッチにはサウナの扉も描かれていて、それが明確に上下2枚構造になっているのだ。トーベのこだわりなのか。
 実はこれ、キュレーターの方も不思議に思っていたのだそう。この夏クルーヴハルの夏小屋に1週間滞在にしたときに、実際のサウナの扉がスケッチと同じで驚いたという。こんなサウナの扉は彼女も見たことがないのだとか。謎のまま、それもまたいろいろ推察したり想像する楽しみが残っていいのかもしれない。

 もとは建築博物館とデザインミュージアム、二つの独立したミュージアムだった。そして1980年、建築博物館ではトーベたちが3年かけて作ったムーミン屋敷の立体作品展示があった。当時は建築という場に「ムーミン」とはどういうことかと批判的な声も大きかったという。「フィクションの世界なのに」というのが理由のようだったけれど、今回の展示はフィクションと現実を自由に行き来している気がして、なんとも皮肉でちょっと爽快な気分で以前の批判を思い出した。

 

トーベがパートナーと過ごした夏小屋は本人たちのこだわりや夢が込められていた。小屋で暮らす二人の様子とともに設計図やトーベが描いたイメージスケッチも展示されている。

森下圭子