トーベとトゥーティが隠した贈り物【ムーミン春夏秋冬】

2024年も残りあとわずか。今年もムーミン公式サイトをご覧いただきありがとうございます。本ブログ「ムーミン春夏秋冬」担当のライター萩原まみです。

トーベ・ヤンソンが生まれて110周年の今年、トーベとパートナーのトゥーリッキ・ピエティラ(トゥーティ)30年近くにわたって夏を過ごした小さな島クルーヴハル1週間滞在するというとても貴重な機会を得ました。今回は2024年の締めくくりに、そのときのことについて書かせてください。

クルーヴハルへ行くには?

ぐるっと1周しても8分しかかからないといわれる孤島クルーヴハル。ゴツゴツした岩の上に、小屋がひとつだけ建っています。

最寄りの大きな町はヘルシンキからバスで約1時間の古都ポルヴォー。そこから車で1時間ほどのところに、ヤンソン家が夏になると訪れていた群島エリア、ペッリンゲがあります。さらに、船で2030分、フィンランド湾を沖に進むと、クルーヴハルが見えてきます。

7月の1週間だけ、オープンウィークとして誰でも訪れることができますが、公共の交通手段はないので、船をチャーターするか、あるいは自分の船で向かうか。気軽に行ける場所ではないものの、日本からはツアーという手段がありそうです(過去のツアー一例はこちら)。
それ以外の期間は無断訪問はできず、7月と8月の2カ月間は主にアーティストのためのレジデンスとして1週間ごとにレンタルされています。宿泊してもよいのは大人2名までで、ペットの立ち入りは禁止。

ファン憧れの地であり、観光名所として人気を集めそうなのに、厳しい制限が設けられているのは、周囲の自然環境と文化的価値の高い小屋を守るためなんだそうです。

 

ふたりきりの1週間

わたしとパートナーが応募して、滞在許可が与えられたのは8月の後半でした。
島までは案内人のリスベスさんと、ブログ「フィンランドムーミン便り」でもおなじみのムーミン研究家・森下圭子さんが付き添ってくださって、火気の取り扱いや外トイレの使い方、強風でない昼間は旗を出しておく等々、教えてくれました。

みんなが引き上げてしまうと、島は急に静かになりました。これから1週間、ふたりきり。おこがましいですが、トーベとトゥーティが味わっていたであろう圧倒的な解放感と、やっとここに来ることができたという安堵、そしてほんの少しの心細さを覚えました。

島も小屋も、想像していたよりも広くも、狭くも感じました。東西南北すべてに窓があって、時刻、天候、時期によって、移り変わる海と空の表情を眺めることができます。
岩でできた島は草木が育たず荒涼としたイメージだったのですが(小説『ムーミンパパ海へいく』の灯台の島のような)、実際はたくさんの種類の植物が生えていて、ハマナスなど色とりどりの花が咲き乱れ、虫やもいっぱい。
ただ、それはトーベたちが暮らしていた時代からそうだったのか、気候変動で緑化が進んだのかはわかりません。

 

島での暮らし

当時と同じではないといえば、小屋もそうです。外壁やガラス窓は修繕が重ねられていますし、寝具、カーテン、テーブルクロスなども入れ換えられています。
古い食器や調理器具は保護のために使用できず、テナント用の新しいセットが置いてありました。

水道も電気もなく、岩場は滑りやすくて、外にあるトイレに行くのも一苦労。
それでも部屋のなかは暖かくて居心地がよく、風の強い日でも守られている感があって、安心して過ごすことができました。

 

小屋に残るトーベの気配

棚の検分や撮影は許されていたので、ちょっとずつ、古い品々を傷めてしまわないよう、息をつめながら探索をしました。

訪れた人たちがよく記念写真を撮っているリトルミイのスプレーの箱は、薬棚のなかから、最初は破れた片面だけが見つかりました。他の部分は失われてしまったのだろうかとよくよく探すと、別のところからもう片面が。

スナフキンのマッチ箱は、工具の棚に紛れていました。どこにあるかわかりますか?

調査のために滞在したことのある森下さんによると、マッチ箱が最初に見つかったのはセーターやクロスの入った引き出しだったんだとか。きっと多くの訪問者がそっと眺めては、棚に隠していったのでしょう。

 

本の挿絵で見たようなあれこれ

本棚の片隅の小さなかごには、手描きのコースターが。

小説『ムーミン谷の彗星』スニフがかわいがっている子ネコにそっくりです。

食器棚に飾られていたの置物、これもどこかで見たような?

短編集『ムーミン谷の仲間たち』収録の「もみの木」で、クリスマスを知らないムーミンたちはいちばんきれいだと思うものを持ち寄ってツリーを飾りつけます。その真ん中あたりに犬の置物が!

 

隠されていたボトルレター

さらに今年、特別なものが見つかりました。
小屋の地下にはサウナと物置があるのですが、その天井にミンクが巣を作ってしまい、ひどい悪臭がしたため、天井を撤去して張り直す必要が生じました。その工事の際、トーベたちの隠したボトルレターが発見されたのです。

実物は大切に保管され、小屋には瓶の写真と手紙のコピーが置かれていました。

ムーミントロールトゥーティッキ! 署名はToveTooti、いっしょに小屋を建てたBrunströmSjöblomのもの。残念ながらインクがにじんでしまっていて、わたしにはスウェーデン語は解読できませんでしたが、思わぬサプライズに胸が躍りました。

小瓶に入った手紙といえば、絵本『さびしがりやのクニット』でスクルットとクニットが出会うきっかけになった重要アイテムです(余談ですが、ムーミンバレーパーク「ムーミン谷の映画館」では『さびしがりやのクニット』と『それからどうなるの?』の短編アニメ映画を上映中。未見の方はぜひ!)

 

クルーヴハルについてもっと知るには

島を探して居住権を手に入れ、ボトルレターにもサインのあったブルンストレムとシェーブルムの手を借りながら小屋を建造。その紆余曲折と、かけがえのない日々を綴った『島暮らしの記録』。トーベの文章とトゥーティの挿絵を組み合わせた本で、見返し部分にはトーベの母シグネによるクルーヴハルの俯瞰図が掲載されています。

同書の後半、もう島に戻ることはないと心に決めたトーベとトゥーティがラム酒の小瓶を隠し小部屋に潜ませておいた、という記述が。
でも、このボトルレターの日付は小屋が完成した1965年で、ラム酒ではなくウォッカとビールの空き瓶に入っていました。
この小さな建物のどこかに、もっと別のお宝が眠っているのでしょうか。いたずらっぽく笑うふたりの顔が浮かんでくるようです。

また、トゥーティが撮影した8mmフィルムをもとに映画『Haru, the Island of the Solitary~ハル、孤独の島』も作られました。日本版DVDは販売終了していますが、メーカーのサイトで予告映像を見ることができます。

Tove Janssonでは基本的な詳細情報や研究成果を網羅し、SNSでニュースや映像を発信。
当ムーミン公式サイトでも、「トーベ・ヤンソンの夏の楽園」で詳しくご紹介しているほか、森下圭子さんのブログを中心にたびたび言及されていますので、過去の記事を辿ってみてください。

 

トーベからの贈り物

島で過ごすなかで、ムーミンのお話について、ああそうだったのか!という驚きが多々ありました。そんなこともいずれお伝えしていけたらいいなと思っています。

日常の生活においても遊び心と閃きに満ちていたトーベ。その真骨頂はもちろん、作品のなかに詰まっています。読み返すたびに新たな気づきがあり、思いがけない贈り物が飛び出してくることも。それは読み手ひとりひとり、自分にしか見つけられないものです。

特に、ムーミン全集【新版】は原著最終版に忠実に旧版では抜けていた要素なども補い、表現を読みやすく改めていますから、未読の方はぜひムーミン原作と出会い直してみてください。特典付きで持ちやすいサイズの特装版もおすすめです。

2025年はいよいよムーミン80周年。スペシャルなアラビアムーミンマグや展覧会など、ムーミンファンにとってはお祭りが続きそうです。
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気が早いですが、どうぞよいお年を、そして来年は思いっきり盛り上がっていきましょう!

文と写真/萩原まみ(textphoto by Mami Hagiwara